炭治郎は柱合会議のときに会っていますが、このときは炭治郎と禰豆子の処遇についての話し合いの場だったので、直接煉獄さんと関わったわけではありません。
よって、煉獄さんの人柄などを初めて知ったのは、善逸や伊之助と同様、この無限列車での任務だと言えます。
炭治郎たちは、はじめは「変わった人だな」という印象をもちましたが、匂いや音で煉獄さんの人間性を感じ取り、やがて戦いを通して煉獄さんの柱としての素晴らしさを目の当たりにしました。
よく食べ「うまい!」連呼する、柱らしからぬかわいいところ。
面倒見のよさ。
的確で素早い状況判断と指示を出し、みんなをまとめるところ。
そして圧倒的な強さ。
自分たちに「鬼の首を斬る」という重大任務を任せてくれました。
もっと体力のいるところ(5両守る)は自分一人で引き受けて。
魘夢討伐後は炭治郎を心配して様子を見に来てくれ、止血法やみんなの様子を教え、安心して休むよう気遣ってくれました。
そして猗窩座からは自分を守ってくれ、しかも「この少年は弱くない。侮辱するな。」の一言。
映画では炭治郎の目がうるんでいました。
煉獄さんが不利な状況にも関わらず、炭治郎と伊之助には待機命令を出し、たった一人で猗窩座と戦い、乗客と後輩たちを守り切り、ただ一人死んでいく…。
自分が炭治郎たちの盾となり死んでしまうことを気にしないように気遣い、前を向いて生きていけるよう生き方を示し、「俺は信じる。君たちを信じる。」という想いを託して・・・。
泣くでしょ!!!
こうして書いてみると。
煉獄さんって、炭治郎のけがを心配して様子を見に来てくれたり、炭治郎たちには手を出させず一人で戦ったり、自分が死ぬことをきにしないようにと気遣ったり、炭治郎たちが前を向いて生きていけるよう生き方を示してくれたり、最後まで笑顔で優しく話しかけてくれたり・・・。
どこまで気遣いだらけの優しい男なんだ!!!
確かに、炭治郎たちが煉獄さんと一緒に過ごした時間は半日と短いです。
実際は戦っていたので、同じ空間で過ごした時間はもっと短いでしょう。
でもその短時間で知った「煉獄さんという人間」「鬼殺隊として共に戦ったこと」「大切な人がまた鬼に殺されるという不条理な現実」「命と引き換えに自分たちを守ってもらったこと」「託された言葉と期待」。
濃すぎるほど濃密じゃないですか?
私たちは煉獄さんの夢を通して、彼の過去や生育環境などを知り、あの明朗快活さの奥底にある曇り(父親の愛情不足による寂寥感)を知ることができましたが、炭治郎たちにはそこまでわかっていません。
ただただ前だけを向いている強く優しく頼もしい上司だったでしょう。
もし煉獄さんの抱えた葛藤を知っていれば、もっと涙は止まらなかったと思います。
彼らの涙には、煉獄さんの死に対する悲しみだけでなく、あの時、ただ見ていることしかできなかった、何もできなかった自分の弱さや不甲斐なさといった悔しさもたくさん入っていたと思います。
というわけで、
「当然のこと。全然不思議ではない。
出会ったこともない、たった2時間ほど映画見ただけの私たちですら号泣するのだから。」
という結論にいたりました。
でもこの結論は、「自分が泣いた」という人だけに当てはまるものだと思います。
みんながみんなあの映画を見て泣いたわけではありません。
他の作品と比較して「あっちのほうが…」と思った人もいたでしょうし、「泣かせにきてる」という制作側の意図を感じて泣けなかったという人もいたでしょう。
周りの観客がみんな泣いていてかえって引いたという人もいたでしょう。
そういう人たちが、炭治郎たち3人の号泣を不思議に思うのも当然だと思います。
つまり、泣いた人は不思議に思わない。
泣かなかった人は不思議に思う。
以上です。